東芝キヤリア技術史
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8-6-5- さて、その後の話は後で語るとして、その前に当社が実使用運転時の省エネ指標を提案するに至る話をするために時間を遡ってみよう。 当社では、1980年(昭和55年)に業務用、1981年(昭和56年)に家庭用のインバータエアコンを世界で初めて開発した後も、次々と先端技術を投入して性能を向上させていた。特に1988年(昭和63年)のツインロータリーコンプレッサを搭載するようになるとインバータエアコンの実運転時の省エネは一気に進んだ。 一方、インバータエアコンを拡販したい営業部門と技術部門にはある葛藤があった。それは、当時の性能指標である定格COPでは、インバータエアコンの省エネ性を伝えきれない事であった。 当時の評価指標は運転回転数が固定の一定速エアコンの時代に作られたもので、定格運転時の効率で評価されている。ところが、インバータエアコンを実際に使用すると、日中、夜間、あるいは中間期等の空調負荷の変化に応じて、ほとんどが定格よりも低い回転数で運転(部分負荷運転と言う)しているのだ。インバータエアコンの省エネ性はまさにこの部分負荷運転時の効率の高さにあった。つまり、低能力時は定格時よりも熱交換器の利用効率が向上しており運転時の効率が大幅に向上している。さらに、圧縮機のオン・オフが減るので起動してから冷凍サイクルが安定するまでの電力ロスを大幅に低減することができるのである。このことは、技術開発により最小能力を絞る事ができればその差は更に広がる事も示唆する。 そして、冒頭に登場するツインDDエアコンは省エネエアコンとして開発され、定格だけではなく部分負荷においても性能を向上させており、開発段階で行われる実用テストでも圧倒的な電気代低減効果を発揮していた。これを伝えるためにも新しい評価指標が必要だったわけだが、ただ純粋に実用テストで得た省エネ性を広く世の中に知ってもらいたいという想いからだったかもしれない。兎にも角にも「評価指標が無ければ、作るしかない」のである。42 話を戻そう。工業会での省エネ指標の規格化の過程で当社案からいくつか変更したところがある。 一つ目は、「電気代」を指標にするのを止め、電力量とした事である。これは、表示した電気代と、地域や機器の使われ方で大きく異なる実際の電気代との乖離から生じる誤解を生まないための配慮である。これは当社としても異存はなかった。 二つ目は、設定温度微調などの制御による効果を排除した事である。これもインバータエアコンの実使用時の省エネ指標を作るという目的に影響はなく、逆にあいまいな部分を除けば基準としての正当性が増すため、むしろ支持した。 三つ目は、測定は環境試験室ではなく、準原機(日冷工原機と較正のとれた試験室)を使うという事である。これについて当社としては、実使用での冷凍サイクルを再現したいというこだわりがあったものの、日冷工に環境試験室がない以上、同意するほかなかった。 と、ここまでは比較的順調に意見集約ができていた。しかしながら、測定点を決める段になると各社で意見が割れはじめた。7- 各社の検証が始まると、まず、中間性能の試験条件で意見が割れる。当社のオリジナルの考え方は実運転に近い冷凍サイクル状態で消費電力を測定するという考え方があり、当然中間性能、低速性能測定には定格とは違うそれぞれのシーンに見合う温度条件で測定すべきという立場(環境試験室方式の代替案として提案)であった。 一方、測定点についても、定格性能、中間性能、低温最大性能(暖房)の測定には各社異論は無かったが、最小性能となると、各社の思惑がぶつかった。 当社を含むツインロータリーコンプレッサを採用するメーカーは中速性能の良さもさることながら、低速運転時の効率も高いのに対し、それ以外のメーカーでは低速運転時の効率が悪化するのだ。これは、最小性能試験を加えれば、同じインバータエアコンでも消費電力量の算出結果に格差が生まれるという事を意味する。 やがて、試験条件はさておき、測定点に最小性能を組み込むかどうかが最大の争点となっていく。そんな中、各社で準原機データを比較した時に一社だけ大きく測定結果が外れるところがあり、それを根拠に最小能力は湿度条件のコントロールが難しく再現性に欠けるという主張が始まった。 また、日冷工では市場での製品品質確保を目的に買い上げ試験を実施しているが、各社毎年の新製品発売に確認が追い付かない現実もあり、測定点や試験条件の増加は避けたいという事情もあった。 そうなると、当時規格とりまとめの主査を務めていた当社としては、省エネ指標をまとめたい一方で、最小能力測定や試験条件の変更を主張し続ける限りまとまらないというジレンマを抱えるところとなってしまった。工業会規格にするには全社一致がルールのため、議論が膠着する中、主査である当社の決断が迫られた。 そして苦渋の末、最小能力は含まない事で決着を図った。今回の目的は省エネ性の高いインバータエアコンの省エネ指標の工業規格化が最優先であった。 そのようにしてまとまった期間消費電力量算出基準が日本冷凍空調工業会規格として登録されると、JEMA(日本電機工業会)への登録を経て2005年(平成17年)JIS改正時に「ルームエアコンの通年エネルギー消費効率算定基準」として取り入れらインバータエアコン先駆者の葛藤規格化に向けて当社のジレンマ決断とその後

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