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1902年7月17日。当時25歳の若者の発明が世界を変えました。 1902年7月17日。当時25歳の若者の発明が世界を変えました。

1902年7月17日。
当時25歳の若者の発明が世界を変えました。

世界を変えたこの発明は今も暮らしと産業を支えています。 世界を変えたこの発明は今も暮らしと産業を支えています。

世界を変えたこの発明は
今も暮らしと産業を支えています。

意外と知られていない?ウィリス・キャリアと日本とのご縁。 意外と知られていない?ウィリス・キャリアと日本とのご縁。

意外と知られていない?
ウィリス・キャリアと日本とのご縁。

発明で世界を変えた。ウィリス・キャリアってどんな人? 発明で世界を変えた。ウィリス・キャリアってどんな人?

発明で世界を変えた。
ウィリス・キャリアってどんな人?

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7月17日は「空調発明の日」 7月17日は「空調発明の日」

空調発明の日は、1902年7月17日に、ウィリス・キャリアが近代空調の原理となる画期的な発明を提出したことに由来しています。この発明は、その後の産業発展を支えるとともに、世界中の人々の暮らしを大きく変えてきました。

この歴史的な偉業に敬意を表し、ウィリス・キャリアを創業者とするCarrierの日本法人である日本キヤリアは、2026年1月、「空調発明の日(7月17日)」を一般社団法人日本記念日協会に登録しました。この日を通じ、日本キヤリアは、空調が社会に対して果たしてきた役割と大切さを、次の世代へと伝えていきます。

About Coolest Invention on Earth

世界で一番クールな発明 : 空調発明のいきさつ

1902年、ニューヨーク・ブルックリンのとある印刷会社では、湿度の影響で紙が伸びたり縮んだりし、印刷のずれが起きるという大きな問題に悩まされていました。

この課題を解決するため、当時コーネル大学を卒業したばかりの若き技術者ウィリス・キャリア(25歳)は、空気を冷やしながら温度と湿度を一定に保つしくみの開発に取り組みました。

そして1902年7月17日、キャリアはそのしくみを設計図としてまとめ、自ら日付を記して署名しました。この日付入りの設計図は正式な記録として残されており、これが後に近代空調のはじまりとされる重要な起点となりました。

空調システム イメージ キャリアくん
こんな感じの空調システムが
印刷会社に納入されました
About How the Invention Has Changed the World

発明が拓いた暮らしと産業

1902年にウィリス・キャリアによって生み出された空調技術は、Carrierの製品とともに、時代を越えて世界中の暮らしと産業を支えてきました。

Carrierは、世界で初めて映画館やデパートにおいて空調をもたらすことで快適な空間を実現し、人々の文化や消費のあり方に変化をもたらしました。また、バスや電車、船舶への空調導入においても先駆的な役割を果たし、移動中の快適性向上に貢献。近年では、中国・上海の高層ビル群や北京オリンピックの競技会場、日本ではエスコンフィールドHOKKAIDOユニバーサル・スタジオ・ジャパンといったランドマーク、さらにはバチカン市国のシスティーナ礼拝堂のような歴史的建造物においても、Carrierの技術が活用されています。

そして現在、Carrierの技術は、ワクチン輸送における厳格な温度管理や、社会のデジタル基盤を支えるデータセンターの冷却などにも導入され、快適性向上はもちろんのこと、人々の安全・安心と社会インフラを支える重要な役割も担っています。

東方明珠塔 キャリアくん
上海の有名な「東方明珠塔」にも
Carrierのソリューションが
納入されています
About Willis Carrier & Japan

日本とウィリス・キャリアとの縁

空調の歴史において、日本は早くから重要な役割を担ってきました。1907年には、横浜・保土ヶ谷の製糸工場において、Carrierの空調技術が米国以外では初めて導入されました。製糸工程では、糸の品質を保つために空気中の湿度の適切な管理が重要であり、この課題解決のために空調技術が活用されたのです。

その後、日本はCarrierにとって重要な拠点となり、1930年には米国以外初の事業拠点として東洋キヤリア(現・日本キヤリアの源流)が設立されました。さらに、この最初の導入から30年後には、ウィリス・キャリアの日本での功績が評価され、日本冷凍協会(現・日本冷凍空調学会)より名誉会員として顕彰されています。

こうした歴史の積み重ねの中で、日本国内における開発・生産体制も発展してきました。旧・東洋キヤリアによって1974年には津山事業所が、1991年には掛川開発センターが設立され、熱源機器を中心とした開発機能が強化されました。これらの拠点で培われてきた技術と知見は、現在の日本キヤリアがモジュールチラー市場において強みを発揮する基盤となっています。これらの歩みは、日本とウィリス・キャリアの深い結びつきを示すとともに、その関係が空調技術の進化と世界的な広がりを支えてきたことを物語っています。

岡山・津山事業所キャリアくん
日本市場をリードするモジュールチラー「USXシリーズ」を製造する
岡山・津山事業所も
1974年にCarrierが設立しました
About Willis Carrier

ウィリス・キャリアってどんな人?

ウィリス・キャリアは、1876年11月26日、アメリカ・ニューヨーク州バッファロー近郊のアンゴラで生まれた機械技術者で、「空調の父」と呼ばれています。

幼い頃は農場で育ち、努力を重ねながら学びを深めました。特に、難しかった分数の考え方を母親とともに理解した経験は、その後も複雑な問題をわかりやすく考える力の原点になったといわれています。

コーネル大学で機械工学を学び、卒業後は技術者として働きながら、さまざまな課題に真正面から向き合い、解決していく力を発揮しました。誠実で粘り強い人柄と、論理的に物事を考える力をあわせ持った人物でした。

また、友人に親しまれる誠実な人柄で、幼い頃は友人と野球をして遊ぶなど、自然やアウトドアを愛する活発な一面もありました。さらに、自社の冷凍システムが納入されたマジソン・スクエア・ガーデンにおいて、リンクの氷の質を自らスケートを履いて確かめたとされるなど、現場で実際に体験し、確かめる姿勢を大切にしていた人物でもあります。

その功績は世界的に高く評価され、1998年にはTime誌が選ぶ20世紀で最も影響力のある人物の一人にも選ばれています。

ウィリス・キャリアとマーガレット・インゲルスキャリアくん
米国の製造業界で早い時期から
女性技術者(マーガレット・インゲルス)を
登用したことでも知られています。